ファフニールは疲れた顔をして目を伏せた。ガーネットは、冷めたお茶を一口すすると、一息ついて湯飲みをテーブルに戻す。しばらくの沈黙が、リビングの空気を重くした。それに耐え切れず、先に沈黙を破ったのはガーネットだった。
「なるほどねえ。ドラグーンとドラグナー、その2人の子供がこの子かい。どうりで魔法のセンスがあるわけだね」
「ドラグナーはドラゴンの魔力を自身の魔力に転化させることが出来る、という伝えを昔聞いたことがある。ただの伝説だと思ってたが……」
「それでレティは気絶してるのか」
「ああ、恐らくな。……しかし、不思議な子だな。みな俺を恐れてあまり近付かないのに、この嬢ちゃんは恐れるどころか、友好的に接してくれた。俺もこの子だけは喰う気になれなかったよ。それどころか……俺がこんなこと言うのもなんだけどな、嬢ちゃんと一緒にいると安らぎを覚えるんだ。心が開放されていくみたいだったよ。きっとそれは2人の……両親の血の影響なんだろうな」
「ふん、なんだかやけに喋るじゃないか。そんなにお喋りだったのかい?」
「竜だってたまには喋りたいもんだ」
ファフニールは湯飲みを持つと、茶を一気に飲み干す。ガーネットにお代わりを請うと、「自分で入れろ」とあしらわれた。ファフニールは急須を持って湯飲みに茶を注ぐと、ガーネットを見て問いかける。
「それよりガーネット、お前はいつまでその姿でいるんだ?」
「……あんたがやったんだろ!」
「そうだったか? ……そう言われてみればそうか。もとの姿に、戻りたくないか?」
「ふん。何を今更。それに、魔力を失ったお前に呪いを解けるわけがないだろうが」
「なに言ってんだ。呪いは魔力となんら関係ないんだぞ。言わば一種の技みたいなもんだ」
「そうなのか?」
「どうす――」
「戻る。……っていうか戻せ、殺されたくなかったらな」
ガーネットはファフニールが言葉を発するよりも先に、自分の願望を口にした。その表情は頼む、というよりむしろ凄んで威嚇しているようだ。
「脅しかよ」
ファフニールは慌てて立ち上がると、ガーネットの側へと近寄っていく。そしてガーネットをその場で立たせると、ファフニールは人差し指を伸ばしてガーネットの額へとつける。目を閉じてなにやら呟くと、ガーネットの周囲に異変が起きた。黒い煙のようなものがガーネットを包み込み、それは卵のような形を形成していく。しばらくすると煙状だったものは固体となり、それに網目状の亀裂がほとばしる。卵は上の方から音をたてて割れ、黒い殻がフローリングに飛び散った。床に散らばった破片はもとの煙に戻ると、そのまま音もなく消えていく。
割れた卵の中から現れたのは、先ほどの醜悪な老婆ではなく、若くて美しい女性だった。均整のとれたプロポーション。切れ長で意思の強そうなその瞳は鮮やかなグリーンをしており、肩にかかる赤に近いストロベリーブロンドの髪は、軽くウェーブがかっている。真紅のドレスのようなローブには大きくスリットが入っており、そこから覗く白い肌は艶やかでなまめかしい。
このなんとも妖しげな魅力を振りまく美女こそが、本来のガーネットの姿である。今までは“黒竜の呪い”を受けて醜い老婆の姿にされていたが、ようやくもとの姿に戻ることが出来た。ファフニールを封印した時に呪いを受けた為、この姿になるのは実に約6年振りである。ちなみに他の3人の魔女は呪いを受けておらず、老婆にされたのはガーネットだけだった。
ガーネットは高圧的な視線をファフニールに向けると、ふん、と鼻を鳴らして椅子に座り足を組む。
「ようやく戻れた……まったく」
こめかみを押さえ俯くガーネットを、嬉しそうにファフニールは見つめている。
「ふむ、やっぱりこっちの方がいいな」
「……お前のせいで……お前のせいで……」
この6年間、色々と苦労をしたのだろう。ガーネットは拳を固く握り締め、その身体は怒りのあまりわななく。何かを閃いたように立ち上がると、一瞬にしてメルト・フレアの小火球を右手に出現させた。詠唱なしで使ってしまった辺り、火事場の馬鹿力的なものが働いたのだろう。15cm程の火球はまるで小型の太陽のように光を発し、表面はマグマのように対流してプロミネンスを巻き上げては渦巻いている。メルト・フレアは使用するMP量により火球の大きさを増大させていく魔法だ。ガーネットのMPを使い切って作り出したメルト・フレアの威力は計り知れない。
「そもそも、何であたしだけなんだい!」
「お、おい。落ち着け……」
怒気、いや、明らかに殺意を含んだ瞳でファフニールを見据えると、ガーネットはじりじりとにじり寄る。玄関の方へゆっくりと後ずさり、その距離を離そうとするファフニール。
「いや、話せば分かる……はず」
「3回くらい死んでみるか? ええ!?」
とうとう玄関のドアまで追い詰められたファフニールは、レティの方を見て助けを求めた。しかしレティは寝言を言うだけで起きる気配はない。一触即発の空気の中、空気を読めない何者かによってそのドアはいきなり開けられた。
「うぉ!?」
ドアにへばり付いていたファフニールは、そのまま外へと後転していく。ドアを開けた人物が、何事もなかったかのように紙袋を持って家の中へと入ってきた。
「いや〜疲れましたよガーネット……って、なんてもの出してるんですか!」
ガーネットの形相と手の平の火球に驚いたその人物は、紙袋を投げ出して床に伏せる。宙を舞いリビングに散乱する食料たち。バゲットは回転しながらガーネットの頭に直撃する。その衝撃で我に返ったガーネットは、今しがた帰ってきたばかりの人物へと視線を向けて声をかけた。
「なんだジャックかい。随分と遅かったじゃないか」
今思えば、部屋の様子が以前と違い、サイドボードにあったはずのかぼちゃの頭がなくなっている。ガーネットが見つめる視線の先には、そのかぼちゃ頭が床に伏せていた。黒い紳士風のスーツを着て赤のマントを羽織り、赤の手袋とオレンジ色の変わった形をしたブーツを履いている。
レティがファフニールのもとに通っている間に、どうやらジャックは復活したようだ。
正気を取り戻したガーネットを床から見上げ、ジャックはゆっくりと立ち上がると服に付着した埃を払った。こうして立ち上がってみると、頭が大きいだけで身長はそれほど高くないことが分かる。
「いや、街で子供達が遊んで欲しいというもので、つい遊んでいたらこんな時間に」
「まったく、相変わらずだねえ」
「それにしても、その姿を拝見するのは久しぶりですね。もう呪いは解けたんですか?」
「え? あ、ああ……まあ、な」
「おや? あそこにいるのはレティですね」
ジャックはソファの上にレティを見つけると、嬉しそうに駆け寄っていく。すやすやと眠るレティを覗き込むと、ジャックは数回頷いてレティの頭を撫でた。
ガーネットはそんなジャックを見ながら、まずいと言った表情で1人何かを考え込んでいる。
「おいお前、俺のことはシカトかよ」
いつの間に家の中へ戻ってきたのか、ジャックの背後に立ったファフニールは、ジャックの肩を叩いて自分の方を向かせる。見慣れない顔の人物が、自分を上から覗き込んでいる。ジャックは目の前の男を不信に思い、戸惑いの表情を浮かべながらガーネットに視線を送った。
「え? あの、ガーネット、こちらの方はどなたですか?」
「失礼な奴だな。俺はファフニ――」
「ハっ! ちょいとお待ち――」
ガーネットがあることを思い出し、ファフニールが名乗るのを制止しようとしたものの、既に言葉は発せられ、時すでに遅し。ジャックはわななき、その体は一瞬にして閃光に包まれる。
「ファフニール、伏せな!!」
「えっ?」
ガーネットの言葉にファフニールが振り向いた直後、ジャックは爆音と共に木っ端微塵に弾けとんだ。その爆風により、人間となったファフニールは軽く吹き飛ばされ、ガーネットにぶつかって倒れる。リビングの床には、爆発で砕けたジャックの頭の欠片がいくつも音をたてて落ちた。
「いって〜。何なんだよあのかぼちゃは。いきなり爆発しちまったぞ」
「ジャックはあんたの名前を聞くと、自爆しちまうんだよ」
「なんでだよ……まったく、失礼な奴だなー」
「あんたが言うな! って、いつまで人の上に乗っかってんだい、この変態!」
吹き飛ばされ倒れこんだ先がガーネットだった為、ファフニールはガーネットに覆いかぶさる形となっていた。一言ガーネットに謝罪の言葉をかけると、ファフニールは頭を押さえて立ち上がる。ガーネットは着衣の乱れを整えて、そそくさとファフニールから離れると、髪を指で巻いてクルクルといじり出す。
変わり果てたジャックの残骸を目にしたガーネットは、大きくため息をついた。
「あ〜あ、こりゃレティが悲しむわ」
「嬢ちゃんが? なんでだ」
「ジャックはレティの唯一の友達なんだよ」
「そう、なのか……それはすまなかった」
リビングには微かにかぼちゃの芳香が漂う。その匂いを嗅ぎ付けたのか、レティは目を覚まし起き上がると、まだ半開きの目で辺りを見渡す。
「ようやく起きたかい、寝ぼすけ」
レティは聞いた事のない声の発せられた方へ、目を擦りながら顔を向けると、そこには見たこともない綺麗な女性が立っていた。不思議そうにその女性を見つめると、レティはその人に声をかける。
「お姉さんだぁれ? ……あれ、ババはどこなの?」
「なに言ってんだい、あたしがガーネットだよ」
混乱するレティにガーネットは近付き、そしてソファに腰掛ける。もう一度目の前の女性を凝視すると、レティは首を傾げた。
「ババなの?」
「ババじゃないよ!」
「ババじゃないの?」
「いや、ババだけど……ん〜、ほら見ろ! あんたのせいでややこしい事になってるじゃないのさ!」
女性が声を荒げて見た方向を、レティはつられて一緒に見る。するとそこには、またしても見たことのない黒衣の青年が立っていた。しかしレティはその青年の瞳を見た瞬間にあることに気付いた。ドラゴンの瞳をしている。それは見慣れた形、そして色をしていたのだ。
「ファフニール?」
「おい、なんであたしは分かんないんだ」
「ああ、そうだぞ嬢ちゃん。おかげで外に出ることが出来た、ありがとうな」
口を尖らせて拗ねるガーネットを余所に、2人は互いに見つめ合う。レティは毛布をどかしソファから下りると、ファフニールへと駈け寄り抱きついた。ファフニールはそんなレティの頭を優しく撫でる。まるで労るように、愛でるように。母親とそっくりな美しいブロンドの髪は、ファフニールが触れるたびさらさらと揺れる。すると少ししてファフニールから離れると、レティはうな垂れる女性へと視線を移した。
「ねえファフニール、あの人誰なの?」
「さっき言ってただろ? あれはガーネットだ」
「ババなの?」
「ああ。あれが本当の姿だ」
「どうちてババになってたの?」
「それは……まあ、俺の呪いで……」
ガーネットはソファから立ち上がり、2人のもとへ歩いていくとファフニールを指差して言った。
「こいつのせいでね、あんな醜い婆さんにされてたんだよ!」
「そうなの? ババ……綺麗なの」
「えっ? ……そうかい……って、もうババじゃないって言ってるだろう!」
美貌を褒められ満更でもなさそうな顔をしていたガーネットだったが、自分の呼び名を改めないレティに対して再度声を荒げる。2人はいつも通りの言い合いをしている。呆れ顔であしらうガーネットと、それをなんとも思わず意見するレティ。ファフニールはそんな2人の様子を優しく見守っている。
しかし完全に目が覚めたレティは、かぼちゃの匂いに気付いたのかリビング内を見渡すと、そこかしこに散らばる物体を発見した。それに驚愕したレティは、しゃがんでその欠片を1つ手に取った。
「これ……ジャック……なの? ババ、どうちて?」
「そりゃファフニールがいるからねえ。名乗っちまったのさ、ジャックに」
「そんなあ」
非常に残念そうに肩を落とすレティに、ファフニールは「すまない」と頭を下げて謝った。レティはショックで言葉も出ないようだ。
「まあ、また種から育てればいいだろう?」
「でも……」
「またジャックのプリン作ってやるからさ」
「本当!?」
ジャックのプリン。やはりレティはかぼちゃのプリンに目がないようだ。大のお気に入りがまた食べられる、そのことがよほど嬉しいのだろう、ジャックがまた居なくなったというのに、レティの瞳は輝きに満ち溢れている。うまい事レティの機嫌取りに成功したガーネットは、ほっと胸を撫で下ろした。
その間、ファフニールは1人浮かない顔をして考え事をしていた。レティに謝らなければいけないことがあった。かぼちゃ頭の親友を失った後だから、余計に言うのに気が引ける。でも言わなければ……。
「嬢ちゃん」
「え、なに?」
ガーネットと会話をしていたレティは、振り向いてファフニールを見上げた。見上げた彼の表情はとても思い悩み沈んでいる。
「どうちたの? ファフニール」
「……俺は、嬢ちゃんに謝らなければいけないことがあるんだ」
「お、おい、ファフニール」
ガーネットはファフニールが話そうとしていることを察し、咄嗟に口止めしようと彼の方へ歩み寄ろうとしたが、彼はそんなガーネットを一瞬睨み、目を伏せて首を横に振った。ファフニールはその場でしゃがみ、レティと視線を交わす。その眼差しはいつになく真剣そのものだった。
「俺は7年前……嬢ちゃんの両親を殺した」
「えっ? ……パパと、ママ?」
「すまない」
ファフニールは神妙な面持ちで頭を下げて謝った。レティは顔を上げた彼の目を見つめ返すと、腕を組んでなにか悩んでいるようだ。
「どうした?」 そうファフニールが聞こうとした瞬間、レティの口から思いもしなかった言葉が飛び出した。
「別にいいの」
「えっ?」
「はっ?」
切なげな表情を浮かべて顔を伏せていたガーネットも、レティの言葉に唖然として顔を上げる。
「嬢ちゃん、別にいいって……」
「だってわち、パパとママのこと、覚えてないんだもん。……それに」
レティはガーネットに振り向いて続けた。
「ママはババだからいいの」
「レティ……」
ガーネットはレティに母親だと言われ、胸が熱くなるのを感じた。4年しかまだ一緒にいない、血のつながりもないこんな自分を、レティは母親だと言ってくれる。ガーネットはレティと過ごしたこの4年間を思い出した。
子供が嫌いだったガーネットには戸惑いもあった、苦労もあった。子育てなんかしたこともない為に挫折しそうになったことも幾度とある。泣き止まないレティに苛立ちを覚えることもあった。魔法の扱いが下手で、いつまで経っても覚えないことを何度も怒った。家事洗濯食事、一人分余計に手間がかかる事も頑張った。一緒に風呂に入ったり、魔獣を追い掛け回して遊んだこと。いつの間にやら上達していた魔法のスキル。才能を持ちながら中々それが発揮できず、影での努力を怠らなかったレティ。それを沢山褒めたこともあった。辛いことばかりじゃなく、楽しい思い出もこの4年間には数え切れないほどもある。
ガーネットは走馬灯のように蘇る記憶に目頭が熱くなった。
「そうか。……ありがとうな、嬢ちゃん」
「それよりも、ファフニールはどうちてババをババにしたの?」
ハッとして目に溜まった涙を拭うと、ガーネットはファフニールに突っかかって問いただす。
「あたしも聞きたいね! なんであたしだけなんだ、あの氷の女にすればよかっただろ!」
自分の方へずいずいと迫り来るガーネットの迫力に気圧され、たじろぎながらもファフニールはその問いに答えた。
「ああ。小さい頃に好きな子をいじめたくなるっていうあれだよ。まあよくある事だ」
「なんだいそれ。そんな事であたしをババアにしたのかい!」
「好きな子?」
レティは首を傾げて2人のやり取りを眺めている。
「嬢ちゃんもいつか分かる時が来るさ」
「わちも?」
「そうだ。嬢ちゃんは好きな奴いないのか?」
ファフニールに聞かれ、腕を組んで頭を悩ますレティ。真剣に考えて1つの答えを導き出した。
「わちはファフニールが好きなの」
レティが満面の笑みでそう答えると、ガーネットは目を見開いてレティに一度振り返る。そして振り向きざまにファフニールの胸倉を掴むと、ドスの効いた低い声で問いただす。
「まさかあんた、こんな小さな子になんか仕出かしたんじゃないだろうね? こ、このロリコン!」
「ロリコン? なんだそれ。なにもしてないさ、というか、嬢ちゃんの前でそんな話をするなよ」
2人はレティを余所にどちらからともなく取っ組み合いを始めた。そんな2人を不思議そうな顔をして見ていたレティは、あることを閃きそれを2人に伝える。
「ファフニールがパパになればいいの」
レティの言葉を聞いた瞬間、2人の動きがピタリと止まった。2人は揃ってレティを見ると、純粋で真っ直ぐな視線が2人を交互に見つめ返す。ガーネットは顔を引きつらせながら、眼差しを自分たちに向けるレティに聞き返した。
「ははっ、レティ、冗談だろ? まさかこいつをここに住まわせる気かい?」
「だってファフニールは住む所がないの」
「しかしだねー……」
「ババ、お願い」
切なげな表情を自分へと向けて懇願するレティに、ガーネットの心は痛み波打った。このドラゴンから人間になった哀れな男の為に、レティが必死にお願いしている。しばらく悩んだ後、ガーネットはある条件を提案した。
「分かった。……ただしだ、条件がある」
「条件?」
ガーネットは振り返りファフニールを見ると指差して言った。
「あんたには、かぼちゃ畑を担当してもらう」
「はあ? なんで俺が畑仕事をやらねばならんのだ」
「……お前な……ジャックが自爆したのは……あんたのせいなんだぞ……あれ作るのに……何ヶ月掛かると思ってるんだ……」
ガーネットは声を震わせて俯き、ファフニールの我侭で否定的な答えに体をわななかせる。
「貴様、何様のつもりだい?」
今までの表情とは一変して、顔を上げたガーネットの目つきは鋭く豹変していた。その様子を見ていたレティは、あたふたと慌てふためきファフニールへと駆け寄ると、ローブの裾を引っ張っては小声で事態の深刻さを教える。
「ババが貴様って言った時は、本気で怒ってる時だから早く謝ったほうがいいの。今まで何人も黒焦げにされてるから」
レティの忠告を聞いたファフニールは震え上がり、態度を改めてガーネットに謝る。
「わ、悪かったなー、ガーネット。……は、畑仕事はー、俺に任せろ……うん」
手の平から既に火球を出し、放つ用意をしていたガーネットだったが、ファフニールの謝罪の言葉を耳にして、いったん火球を鎮める。
「……だったら、とっとと種でも蒔いといで!」
集めたかぼちゃの種を入れた小袋をファフニールに投げつけると、ガーネットはファフニールを家からつまみ出す。レティはそれを笑って見ていたが、思わぬとばっちりを食う事になった。
「なに笑ってんだい! お前もだよ!」
「え〜、どうちて?」
「あれだけ近寄るなと言った洞窟に近付き、あげくファフニールまで連れ帰ってきたんだ。当たり前だろ! 今日から2人で畑やりな」
「む〜」
レティは不貞腐れて、外へ投げ出されたファフニールの後をとぼとぼと追う。ガーネットはようやく静かになった部屋で1人立ち尽くす。小休止するためソファに腰を下ろした直後、外から笑いあう声が聞こえてきた。レティとファフニールの楽しそうな声。その声に耳を傾けながら、ガーネットはため息をついた。
「ふぅ〜、やれやれ」
これから3人での生活が始まる。ガーネットは少しの不安を感じつつも、レティと新たな同居人との共同生活に楽しみも感じるのだった。
6年前の封印戦争の折、ファフニールを封印した4人の魔女の1人。紅蓮の魔女ガーネット。レティと出会い共に暮らす中で、母性というものが少しずつだが芽生えてきた。レティのおかしな行動に頭を悩ませる事もしばしば。これからはそのおかしな行動の結果により、ファフニールと暮らすことにもなった。
かつて悪竜と恐れられた漆黒のドラゴン、ファフニール。翼も魔力も失いはしたものの、彼は人間となったことを後悔はしていない。かつて戦い殺してしまった者達の娘と出会い、ファフニールの人生は大きく変わることとなった。
その黒竜の力を小さな身体に宿した、伝説のジョブ、ドラグナーの少女レティ。彼女は新たな家族と共に、これからも生きていく。天真爛漫で自由奔放な彼女の成長が楽しみだ。
ガーネットが窓の外を眺めた時、丁度2人は種蒔きを終えて家へ戻ってくるところだった。ガーネットはゆっくりと立ち上がりキッチンへ向かうと、帰ってきた2人に手を洗うように指示する。2人が洗面所へ向かうのを微笑みながら確認すると、ガーネットは、1人分多めの夕食作りを始めるのだった――