01

12月1日。
 空からの贈り物。景色を白く染め上げる雪によって、辺りは一面銀世界となっていた。
 街の灯りから少しばかり離れた雪原。木がまばらに生えるだけの、多少殺風景な雪の平原に一軒のログハウスが建っている。木の温もりを感じさせる丸太組みの家。テラスには丸テーブルが置かれ、中央には陶器で出来たスノーマンが飾られている。その敷地面積は広く、ハウスは3階建てでかなりの大きさだ。馬でも飼っているのだろうか、すこし離れた所には、茶色の塗装が所々剥げている、家に比べると小さな小屋が建っていた。

 それにしても不可思議な光景が目に映る。家のすぐ目の前には巨大なボックスが地中に埋め込まれており、これだけ雪が積もっているというのにも関わらず、その上に雪は積もっておらず、箱の蓋が地上に顔を出していた。柊の浮き彫りが綺麗に着色され、装飾されたその豪華な蓋には、大きく斜めに『Christmas Letter Box』と書かれている。家側の箱の手前には、いくつものスイッチがついた大型の電子パネルのようなものが設置され、液晶には「520,816,207」という数字が表示されていた。

 朝焼けに照らされ雪原が朱に染まる。太陽が東から昇り始め、鳥たちが朝を知らせる時間帯。
 すると突然、ログハウスの玄関のドアが音をたて勢いよく開け放たれる。

 中から出てきたのは、20代前半くらいの青年だった。180cm程の身長に、ちょっぴり悪戯好きそうで野性味のある、でも端正な顔立ちをしており、金色の髪は短くカットされていた。その鮮やかな碧眼は、まるで海のような美しい深い青色をしている。
 まじめな顔をしていれば“カッコイイ”と言えるのだろうが、とても気怠そうな……と言うよりかは、とても面倒くさそうな顔をしている。
 寝癖のついた頭をポリポリと掻きながら、やる気のない足取りで階段下にあるポスト……のような巨大な箱へと歩いていく。
 しばらくの間目を細め電子パネルを眺めていたが、箱のすぐ隣に設置されている普通サイズのポストへと視線を移すと、その蓋を開ける。そして中から新聞紙を取り出して、巨大な箱へと視線を移す。
2度、3度と瞬きをし、まるで見なかったことのように、ハウスへと足早に帰っていった。

 それから数分後――。
 先程のように勢いよくドアが開くと――。

「だぁーっ! 何なんだよ、あの数は!!」

 ……何故だか分からないが、キレている様子。
 頭には、先程はなかった星の柄が散りばめられたナイトキャップを被っている。どうやら寝る気だったみたいだ。
 そのまま階段下まで歩いてくると、電子パネルに表示された数字を読み解く。

「はぁ〜。この時期になると毎年大変過ぎて敵わんな……。なんだこの手紙の量は」

 数字を一桁ずつ読んでいき、そのあまりの多さに肩を落としうんざりとした顔をする。手元のパネルを操作してほんの少しだけ蓋を開いてみる。ちらりと覗く箱の中には、いろいろな形をした手紙が溢れんばかりに納められていた。差出人と住所を見てみると、様々な言語で書かれているのが分かる。世界中からこの青年に宛てられた手紙だから、当然と言えば当然なのだが……。
 何を隠そうこの青年。こう見えても、立派なサンタクロースなのである。
 恰幅のいい体格に豊かに蓄えられた長い髭、優しい笑みを浮かべた老人といったイメージとは程遠い、粗野で乱暴そうなこの青年がサンタクロースとは、いったい誰が初対面で気付くだろうか。

「これ全部俺が読むのか? ……てか去年より多くないか?」

 去年がどれ程であったかは知らないが、目の前の箱の中はとてつもない数の手紙で埋め尽くされている。

「いや待てよ。いっその事、街の連中に手伝ってもらった方が……。いや、わざわざここまで来て貰うのは悪いな。どうすりゃいいんだ」

 しゃがみ込みレターボックスに手を差し入れ、手紙を拾い上げては戻し、また拾い上げては戻し。悩んだ末にある結論へと至った。

「そうだ! 毎年英語の手紙が多いからな。ドイツ語と英語はルドルフにでも読ませればいいかっ!」

 悪戯な笑みを浮かべながら離れの小屋を見るサンタクロース。ルドルフと言うのは、このサンタクロースの飼っているトナカイのことである。

「よーし。そうと決まれば、とっとと分けるか!」

 電子パネルまで戻ると、ボタンを操作し開いた蓋をいったん閉める。そして言語別の仕分けボタンを押した瞬間、箱の中が騒がしく動き出した。液晶パネルには『ただ今、手紙の仕分け中。今しばらくお待ちください』と表示されている。
 待つこと10分。ようやく騒音が鳴り止み静かになると、チンッ、と音がして仕分けの終了を知らせる。サンタが開閉ボタンを押すと、巨大な箱の蓋は少しずつ開きその中身を露にした。
 各言語別に分けられた手紙は白い袋に入れられており、袋の表には分かりやすいように言語名が書かれていた。中でも英語の袋は、他の袋よりも圧倒的に膨らんでいる。ドイツ語と合わせると、それはもうとてつもない数だ。

 「……キレられるかな? でもまあいいか!」

 英語とドイツ語の袋を箱から取り出し肩に担ぐと、サンタは小屋へ向かって歩き出す。1歩、また1歩と歩を進めるが、雪が太ももの辺りまで積もっているため、なかなか思うように前に進めない。サンタは雪を足でえぐりながら進んでいく。
 そうしてようやく厩舎の扉の前まで来ると、サンタは一度深呼吸をし、勢いよくその扉を蹴り開ける。

「ルドルフー、仕事だぞ〜! って……あれ?」

 いつもなら、柵の内側に敷かれた藁の上で寝ているはずのルドルフの姿がそこにはなかった。サンタはふと奥を見やると、木で作られた朱塗りのソリの座席に蠢く物体がいることに気付いた。

「……おい、ルドルフ。てめぇ、そこは俺の席だっつってんだろ!」
「ッ!?」

 主人の怒鳴り声にびっくりしたのか、突然ルドルフは飛び起きた。まだ寝ぼけているのか、辺りを何度もキョロキョロと見渡す。そして入口に主人の姿を見つけたルドルフは慌ててソリから降りると、自分の寝床まで急いで戻る。

「主人が起きてんのに、いつまでも寝てるトナカイがどこにいるんだよ!」
「……………」
「なに、ここにいるだ? やかましい! ほれ、お前の仕事だ。今月は忙しいからな、今年は2カ国語を担当してもらう」

 サンタはルドルフの目の前に手紙の入った袋を放り投げると、その言葉を聞いたルドルフがあからさまに嫌そうな顔をした。それもそのはず。英語は国際共通語なため、実質的にはサンタよりも手紙の数が大幅に増えることになる。英語とドイツ語の袋、そしてサンタを、まるでトライアングルをなぞる様に見た後、サンタを恨めしそうに見るルドルフ。

「ああん? んだ、その顔は。……あ、分かった。そうかー、そういうことかー」
「ッ!? …………」

 次に何を言われるのかを察知したルドルフは、サンタの意味深な言葉にオロオロしている。

「いやーホントーに助かるよー、ルドルフ君。君のケーキ代も結構バカにならないからねー」
「ッ!?」

 ルドルフはイヤイヤと首を大きく横に振り、サンタへと抗議している。

「せっかく、これが終わったら特大XLサイズのケーキを食わせてやろうと思ったのに、残念だな〜」

 XLサイズと聞いて、ルドルフはサンタにひしと抱きつき、涙目で訴えかける。その様子を見て、してやったり、と口元を少し吊り上げるとサンタは表情を呆れ顔へと戻す。

「……はぁ〜。分かった分かった。んじゃ俺が戻ってくるまでに全部読んどけよ。あとでプレゼントの内容と住所を聞きにくるからな」

 サンタの言葉に安心したルドルフは、手紙の入った袋へと走っていく。

「よしよし。んじゃ俺も手紙を読みに帰るか。ルドルフ、ちゃんとやれよ……っておい、そこは俺の席だっつんだよ!」
「ッ!?」
「ったく」

 ルドルフがまたしてもソリに座ろうとしたのを一喝すると、サンタは呆れた様子で厩舎小屋を後にする。
 ログハウスへと帰ってきたサンタは、ナイトキャップを外し、リビングのテーブルの上に山の様に手紙を積むと、さっそくメモ帳を取り出し作業に取り掛かった。

「さて、始めるか!」

 手紙を開けては中を読み進めていくサンタクロース。そこには、子供たちの心からの願い事が書かれている。サンタへの挨拶から始まり、自分の欲しい物のお願い……中には、明らかに親が欲しいと思われる物まで願いとして記されていたがその部分は無視だ。

「なになに、おままごとセット……。こっちはブリキのおもちゃ。……ミニカーに……お人形」

 子供たちの欲しい物と住所を、メモ帳へ手際よく書き留めていく。読まれた手紙はリビングの床へと乱雑に次々に投げられ、辺りに散乱していった。
 そうして深夜の2時過ぎ……。

「今日はこの辺にしとこう。……ね、眠い。睡魔には勝てんぞ」

 テーブル脇に置かれたナイトキャップを被り、サンタは倒れるように眠りに就いた。

 ――翌日。

「ふわぁぁ〜〜あ。っとー……眠い。今何時だ?」

 サンタは一度大きくあくびをすると、半開きの眼で壁に掛けられている古めかしい時計を確認する。

「……なに!? まだ6時じゃねーか。たった4時間。……もう少し寝られると思ったのによ〜」

 サンタが愚痴った丁度その時、客人を知らせるベルが突然鳴り響いた。

「な、なんだ? こんな時間にいったい誰だよ」

 連続して何度も鳴らされるベルにイライラしながらも、玄関に向かいサンタクロースは扉を開ける。

「やっほ〜! おっはよー」

 朝も早くだというのに、満面の笑みで手を振っている女がそこにいた。アンナだ。肩まで伸びたセミロングの髪は赤茶色。活発で意思の強そうな瞳は大きく、小顔でとても可愛らしい顔立ちをしている。
 アンナはサンタクロースの幼馴染で、昔から何かと世話を焼いていた。実家が洋菓子店ということもあり、サンタにとってはありがたい存在なのだが。

「帰れ、俺は寝る。じゃな!」

 イライラも相まってか、きつく言い放ち扉を閉めようとしたその時――

「ちょ〜っと待った〜!」

 アンナは足で扉を押さえつけ、それ以上扉を閉まらなくする。

「なにすんだよ! 寝るっつってんだろ!」
「あのね! あんたに頼まれたもん持ってきたのに、その言い草はないでしょ!」
「ん? ……俺なにか頼んだっけ?」
「……え? ……覚えて、ないの?」

 腕を組み、何かを思い出そうとするサンタクロース。首を傾げう〜んと唸ってみるも、頼んだ物の正体が何か思い出せないようだ。

「これよこれ。ケーキ。あんた昨日の夜にLLサイズのケーキ注文したでしょ?」

 そういってアンナは、ケーキの入った箱を持ち上げてサンタクロースに見せる。

「ケーキ……あ〜、そう言えば。……って、え? LL? XLじゃなかったか?!」
「えっ? ……LLって言ってたけど」
「げっ! しまった! ルドルフがキレるかも……」

 サンタはどうやらサイズを間違えて注文してしまったらしい。顔を引きつらせてアンナを見返す。

「……あのトナカイ、まだケーキ食べてるの?」

 アンナは厩舎の方を見やると、視線をサンタへ戻し呆れ顔で言った。

「まだって言うか、ケーキしか食べねえよ」
「ヘンなトナカイね」
「……否定はしねえけどよ」

 2人揃ってケーキの箱を見つめる。するとサンタは開き直ったような素振りで話を続けた。

「まあ、サンタのトナカイは変わりもんだからな。ところで用事はこれだけか?」
「あっ、そうそう。これもついでに持ってけって、お母さんが」

 アンナは肩にかけていた袋から風呂敷包みを取り出すと、なにやら鼻腔をくすぐる良い香りが立ち上った。

「まさか弁当! そういや昨日の昼からなんにも食ってねえからよ、ちょうど腹減ってたとこなんだ。よし、上がれ上がれ」
「それじゃ、おじゃましま〜す」

 サンタはアンナを家に上げると、そのままリビングへと通す。
 扉を開け、サンタに続いてリビングへと足を踏み入れたアンナは唖然とした。リビングの床は手紙で溢れかえっており、散らかされた部屋を見たアンナは呆れた顔をしてサンタに言った。

「相っ変わらず散らかってんのね」
「しょうがねえだろ、これはよ。つうか去年より多いんだぜ? これ」

 改めて手紙の多さを実感したサンタクロースは、ガックリと肩を落としてうな垂れている。

「お弁当置く場所、ないね」
「下で食べるか! 広げてよ」
「……そだね」

 アンナは風呂敷を広げ座るスペースを確保すると、持ってきた弁当箱を開けて準備をする。
 色とりどりに飾られた中身はとても可愛らしいものだった。

「なんか昔の遠足みたいだな! ってあれ? 今日のはなんか、妙に可愛らしいな」
「そ、そうかな?」
「おばさんもこんなの作るんだな。んじゃいっただっきまーっす」

 ひょいと玉子焼きをつまみ上げ、口の中に放ったサンタクロースはそのとてつもない味に驚愕した。

「からーー!! んだこれ、塩の味しかしねーぞ」
「えっ! うそ!?」

 アンナはそんなはずないと言った表情で、サンタが今しがた食べた玉子焼きをフォークで突き刺し、一口かじる。その瞬間、アンナの舌に広がったのは卵の味ではなく、ただ単に辛いだけの塩味だけだった。

「……ごめん、入れるの間違えちゃった」

 アンナは玉子焼きを突き刺したままのフォークを持ちサンタへ謝る。

「これ、まさかお前が作ったのか?」
「あっ!」

 サンタにそう聞かれ、アンナはまずったという顔をした。自分が朝早く起きて作ったことを内緒にし、母親が作ったことにしようとした照れ隠しがサンタにばれてしまったのだ。
 アンナは顔を赤くして恥ずかしそうに俯いた。

「まったく、慣れねえことするからだ。おばさんに頼めばよかったのによ」

 サンタの心無い一言を聞いたアンナは俯いたまま拳を握り、ゆっくりと顔を上げるとその目には薄っすらと涙が浮かんでいた。徐々に目を潤す水分が増えて今にも零れ落ちそうな涙を堪え、アンナはキッとサンタを睨むと声を張り上げる。

「なによそれ! あんたの為に作ってきたのに……、もう知らないっ!!」

 弁当箱をリビングに残したまま、アンナは走って家から出て行った。あまりの迫力に何も言えず、サンタはただ呆然とその後ろ姿を見ていることしか出来なかった。

「なんだよあいつ。てかこれ、俺が食うのか? ……」

 他の品を一通り見て、サンタは少し苦い顔をした。またさっきの玉子焼きのような味だったらどうしようか。意を決して次はフライドチキンに手を伸ばした。見た目は普通の骨付きフライドチキン。衣は美味しそうな狐色に揚がり、噛めばカリッとした食感がするであろうことは、見た目からもすぐに伝わってくる。香りもまあスパイスが効いていて悪くない。問題は味。
 サンタは思い切ってチキンの真ん中に噛り付いた。目を閉じてその味に集中し、ゆっくりと咀嚼(そしゃく)していく。

「あれ、普通に美味いな」

 食べたチキンはいたって普通で、玉子焼きのような刺激的な味ではなかった。他の品々も食べてみたところ、特に変わった味はしなかった。

「なんだ、玉子焼きだけ失敗したのか。それにしても泣くなんて、大げさな奴だな」

 サンタは弁当箱を持って立ち上がると窓の外を見る。もうアンナの姿はどこにも見当たらない。既に家にでも帰って店を手伝っている頃だろうか。サンタは手と口を動かしながら、雪の降る雪原を眺めていた。

「うん、まあまあ美味いじゃねえか」

 いないアンナに向かって1人呟く。サンタは心の中でアンナに感謝しつつ、残りの弁当を寂しく食べ進めるのだった。

 そうして10分程が経ち、どうにか弁当を平らげたサンタは、箱を適当に風呂敷で包みテーブルの角に置く。そしてそのままクローゼットの前まで歩いていくと、その扉を左右に開き、中から人型のハンガーに掛けられたサンタスーツ一式を取り出した。

「弁当箱返さなきゃな。あ〜めんどくせ。でもこいつ着てかねえと寒いしな」

 ぶつぶつと文句を言いながら、サンタは暖炉の前まで行くとパジャマを脱ぎ始める。パジャマの上からでは分からなかったが、その肉体は引き締まり、筋骨隆々とまではいかないが程よい筋肉がついていた。いわゆる細マッチョな体系だ。
 パジャマを脱ぎ終わったサンタはサンタスーツへと着替えていく。まず黒の長袖インナーシャツを着る。そして赤のスラックスを履き、次に赤のスーツをインナーの上に着た。赤い生地のスーツは左肩口から黒のラインが入り、黒のベルトと交わることで十字を表している。手首と裾、襟元はモコモコとしたファーのようなものが付いていて、それはスラックスの足首にも付いていた。スーツの裾の位置は股下あたりで、丈が若干長めに作られているようだ。
 黒の靴下を履き準備が整ったサンタは、最後にハンガーの頭部分からサンタ帽を取り外すとそれを被った。円錐状のナイトキャップは上下に長く、その先には毛で作られたポンポンが付いている。
 準備を終えたサンタは机の風呂敷を手に取ると、そのまま玄関へ歩いていく。玄関の壁に設置されたシューズボックスの扉を開け、中から黒のブーツを取り出すとそれを無造作に床に放り、サンタはスリッパをブーツに履きかえた。
 ドアを開けて外へ出たサンタは、一度厩舎を見やる。

「ルドルフの邪魔するのも悪りぃし、しゃあねえ。街まで歩いてくか」

 サンタは降る雪により、灯りがぼやけて見える街の方角を見て歩き出す。階段を下りると巨大なレターボックスの脇を通って道路へ出る。クリスマスレターを届けに来る郵便屋の車には除雪機能が付いているため、街へと続く道路の雪は脇に除けられていた。早朝に来て、しばらく雪が降っていたためか、轍(わだち)には薄っすらと雪化粧されている。街へと続く1本道。その轍には1往復分の足跡が残されていた。家へと続く足跡は歩幅が狭く、街へと続く足跡は歩幅が広い。アンナは相当怒った様子だったのできっと全速で走って帰ったのだろう。
 サンタはその足跡を辿る様に、1歩1歩地面を踏みしめて歩く。寂しかった風景も街が近付くにつれ、徐々に明るさと暖かさを感じさせるものへと移り変わっていった。