04

 ――翌日。
 街のクリーニング屋から戻ったサンタは、袋からスーツ一式とコートを出し、それを早速人型のハンガーに掛ける。このスーツは充電式で、付属の人型ハンガーでなければ充電することが出来ない。スーツの主な機能としては温度調節がある。サンタクロースは世界を飛び回る者。極寒の地からはたまた酷暑の地。その為スーツには特殊な技術で備え付けられた温度調節機能が付いているのだ。しかもコスチュームの頭から足、全てが揃っていないとその効果を発揮しない。万が一、帽子が飛ばされでもしたら大変なことになる。
 サンタはクローゼットを閉めると、残り1日と少しの時間、のんびりと過ごすのだった。


 12月24日 午後3時。
 今日はクリスマス・イヴ。街の工場からサンタの家へと、ようやくプレゼント袋が届けられた。1m程の白く大きな袋の中に、子供達へのプレゼントが沢山詰め込まれている。袋が開かないように口を縛っているバンドには、これにもまた電子プレートといくつかのスイッチが付いてた。
 サンタは宅配業者から納入書を受け取るとそれを確認する。そして受領書にサインを記すと、家の中へと戻っていった。
 プレゼント袋をリビングのソファーに下ろすと、サンタは明日の準備に取り掛かる。まずクローゼットを開け、スーツの充電が完了しているかを確認し元に戻す。そして一旦自室に戻り、部屋の机の上から砂時計を手に取り、引き出しから懐中時計を取り出すと、またリビングへと戻った。それら2つをラウンドテーブルに置くと今度は玄関へ。サンタはシューズボックスから黒のサンタ靴を出すとそれを磨く。あまり汚れてはいなかったが、磨き上げたことで少しだけ輝きが増したように思える。
 とりあえず今日やることを終えたサンタは夜中まで少し仮眠を取るため、リビングに敷かれた簡易ベッドで休むことにした。


 それから8時間後。
 12月25日 午前1時26分。
 目が覚めたサンタは上半身を起こし壁に掛けられた時計を見やる。

「ん? ……うぉっ! もうこんな時間か。寝坊しちまったぞ」

 既に日付が変わってしまっていることに気付いたサンタは、急いでスーツに着替えようと跳ね起きクローゼットの前へ。扉を引き開けハンガーを取り外すとパジャマを脱ぎ、黒のインナー、靴下、スラックス、スーツ、そして帽子と順序良く着替えていった。
 そしてキッチンへ歩いていくと、冷蔵庫から普通サイズのケーキの箱を取り出し、中に入っていたSサイズのホールケーキを食べる。
 紅茶の缶ジュースで口を潤すと、サンタは円卓から懐中時計と砂時計を手に取りスーツのポケットへ入れる。そしてソファーからプレゼント袋を引き上げ肩に担ぐと、サンタはリビングを出て玄関へと向かった。サンタ靴をシューズボックスから出すとそれを放り、スリッパをブーツに履きかえる。
 ようやく準備の整ったサンタは家を出て鍵をかけると、ルドルフの待つ厩舎へと急いで向かう。

 小屋へやってくると同時に、サンタは扉を蹴り開けた。中にいたルドルフは藁の上でまだ寝ており、鼻ちょうちんを膨らませていることからも、その熟睡加減が窺える。
 サンタは壁に掛けられたハーネスを持つとルドルフに近寄り、角を引き上げて無理やり上体を起こさせる。そして手際よくハーネスをルドルフの体に装着しソリに繋いだサンタは、ルドルフの耳元で大きな声を張り上げた。

「ルドルフ! いい加減に起きろ!!」

 鼓膜が破れそうになるほど耳の中でこだまするサンタの声に、ルドルフは気付き飛び起きる。まだ完全に覚醒していないのか、ルドルフの瞳は一点だけを見つめボーっとしていた。

「馬鹿やろう!! もう1時過ぎてんだよ! 早く用意しやがれっ!」

 そう言ってサンタはルドルフの鼻にデコピンすると、驚いたルドルフは急に駆け出しソリを引き、厩舎の外へと出て行った。危うくそれに轢かれそうになったサンタは胸を撫で下ろし、無事だったことに安堵する。
 頭を振り眠気を覚ますルドルフに、サンタは歩み寄ると背中をポンッと叩き声を掛けた。

「ルドルフ、今夜で今年の仕事も終わりだ。大変だけど頑張ろうぜ!」
「…………」

 サンタの言葉にルドルフも頷き、角を上下に振ると意気込みを見せる。そしてサンタはソリに乗り、後部座席にプレゼント袋を置くと手綱を握った。サンタクロースになってから6度目のクリスマス。
 一度目を閉じ、そしてカッと見開くと、サンタは手綱を引いてルドルフに合図をする。雪の上を滑るように滑走するルドルフの体が宙に浮くと、サンタは更に手綱を引いた。すると完全にソリも浮き上がり、プレゼントを子供達へと届けるべく、雪の舞う真冬の夜空へと飛んでいくのだった。


 見下ろす街の明りも小さくなり、高空をソリで移動するサンタはスーツの左ポケットから懐中時計を取り出した。時刻は2時を回ったところだ。時間を確認したサンタは時計をしまうと、次は反対のポケットから砂時計を取り出した。そしてそれを逆さにした瞬間、世界の空間を覆うように七色の虹のようなものが出現する。
 クリスマスの夜は長い。それはこのサンタの魔法のせいだ。サンタが取り出したこの砂時計。これは時の流れを緩める事の出来る魔法のアイテムで、サンタの七つ道具の内の1つだ。世界中の子供達にプレゼントを配るため、さすがにまともに配ったのでは時間があまりにも足りなさ過ぎる。ということで、初期の頃のサンタがマーリンという名の老人に頼んで作ってもらったそうだ。
 
 サンタはその間に、世界の子供達の家へとプレゼントを配っていくのだが、ここにも便利アイテムが1つ。それはサンタの袋で、この中に何億という膨大な数のプレゼントが入っているのだが、これはクリスマス・タウンで生み出された特殊な袋だ。どういう技術かは分からないが、袋に入れた時に、入れた物が小さくなるらしい。そして袋を縛っている黒のバンドに取り付けられた電子パネルに、住所と氏名が表示され、家の上空に来た時に、その家の子供へのプレゼントだけが袋から出せるようになっている。そのおかげでサンタクロースは家を間違えることもなく、スムーズにプレゼントを届けることが出来ると言うわけだ。

「なぁルドルフ、なんでそんなに張り切ってんだよ。いつもよりペース速いんじゃねえか?」
「…………」

 サンタの言葉にルドルフは上機嫌に、でも意味深に鼻を鳴らした。ルドルフの脚はもの凄い速さで空を蹴っている。3時の時点でもうプレゼントは残り半分を切っていた。そしてルドルフはちらりとサンタを見返すと言った。

「…………」
「なに? トリプルXLのケーキが待ってるから、だと? ……ったく、しょうがねえ奴だなー。でもまぁ、お前がいなけりゃこの仕事も成りたたねえからな。そこだけは感謝してるんだぜ? ありがとうよ、ルドルフ」
「……」
「ふん、うるせえよ。残り半分切った。いくぞ、ルドルフ!」

 サンタは手綱を強く握り締めるとルドルフへ合図を送った。命令を受けたルドルフは、更に足の回転速度を増してゆく。その軌跡には、まるで星を鏤(ちりば)めた様にキラキラと輝くラインが引かれた。


 午前4時過ぎ。
 サンタは、手紙の送られてきた世界中の子供達へのプレゼントを全て届け終えた。たった1人を残して。
 砂時計はまだほんの少しだけ落ちずに残っていたが、サンタはそれを再びひっくり返すと、ゆっくりだった時の流れを自然に還す。

「ルドルフ、最後だぞ。ドンレミの孤児院だ」
「……」

 いつになくまじめな顔をして頷いたルドルフは、ソフィーの待つドンレミ村の孤児院を目指し、サンタを乗せて急いで向かうのだった。
 フランス上空には厚い雲がかかり、雪が静かに降っている。フランス東部のロレーヌ地方にあるドンレミ村は、雪化粧され一面真っ白になっていた。
 サンタは孤児院の裏手にある庭にルドルフを下ろすと、何も入っていない袋を持って孤児院へと向かった。
 シスターでもいるのだろうか。教会から揺らめくように蝋燭らしき光が漏れているのに気付いたサンタは、一先(ひとま)ず教会の方へと顔を出すことにした。他の教会に比べ、相変わらずチープな造りの扉を押し開けて中に入ったサンタは、狭い教会内を見回した。するとそこには誰もおらず、ただ蝋燭が灯されているだけだった。
 サンタは蝋燭の明りに吸い寄せられるように、一歩を踏み出そうとしたその時ドンッと何かにぶつかった。

「ん?」

 サンタは下を見てみると、一人の少女と目が合った。寝癖の付いた茶色のロングヘアーに、ブルーグレーの瞳をした小柄な少女はサンタをジッと見つめている。その瞳は暗く冷たい印象を受ける。
 生きてはいるがまるで死んでいるかのようなその瞳と、しばらくサンタは見つめ合っていたが、こんな時間に子供が起きているとは思ってなかったサンタは驚きのあまり大きく仰け反った。

「うぉっ! ……な、なんで起きてんだ……。今何時だよ」

 サンタはポケットから懐中時計を取り出すと時刻を読む。現在4時30分。

「あ、もしかして、お前があの手紙を書いた子か?」
「……」

 少女はサンタの言葉に頷いた。瞳はサンタを捉えたまま動こうとしない。

「名前はソフィー、だよな?」
「……」

 サンタの問いに、再び少女は頷いた。言葉を発しないことに少し訝しがりながらも、サンタは続けた。

「シスターはどうした? もしかしてお前1人か?」
「……シスターなら、まだ寝てる。……それよりも、あなた誰?」
「そうか、あの姉ちゃんはまだ寝てんのか……って、え?」

 サンタは唖然としてソフィーを見返す。相変わらず熱を感じさせない冷たい瞳がサンタを見つめている。

「お前この格好見ても分かんないのか? 俺はサンタだよ」
「……嘘、だっておじいさんじゃない」
「じいさんはもう死んだよ。だから変わりに俺がサンタやってんだ。俺はサンタだぞ?」

 ソフィーは変わらぬ視線をサンタへ投げかける。正体を名乗っても反応なく信じてもらえず、サンタは頭をポリポリと掻いて悩んでいる。

「どうすりゃ信じてくれるんだよ、まったくこっちの人間はどいつもこいつも……あ、そうだ。なぁ、何でサンタクロースは鍵を持ってないのに、勝手に人ん家に入れると思う?」
「……知らない」
「なんだよ、つまんねえ子供だな〜。まあいいか」

 そう言って得意げな表情をソフィーに見せると、サンタは懐から一枚の布を取り出して広げる。それは何の変哲もないマントで、黒の刺繍で縁取られた白い生地の真ん中には赤の十字が描かれていた。

「こいつを身に付けると……」
「あっ!?」

 サンタがマントを着用したその瞬間、サンタの姿が教会内から、そしてソフィーの目の前から瞬時に消えた。

「こいつは透明マントっつってな、着ると姿が消えるんだ。しかも障害物をすり抜けることが出来る。初期の頃のサンタクロースが、魔術師マーリンとか言う胡散臭いおっさんから貰ったんだとよ」

 マントを脱ぐと、サンタの姿が現れる。

「あのアーサー王も使ったって代物だ」

 サンタはソフィーに笑顔でそう言うと、ソフィーの顔にほんの少しだけ嬉しさが滲み出たような気がした。

「……あれ? 反応薄いな。……ならとっておきだ、サンタのトナカイ見せてやるよ」
「トナカイ?」
「ああ、まあ多分女の子だからな、あいつは喧嘩売ったりしねえから安心しろ」
「喧嘩……」
「あ、その格好じゃ寒いだろ? こいつ羽織ってけ」

 黒の修道服に手織りの手袋と靴という、寒そうな格好のソフィーにサンタはコートを着せた。180cm用のコートとあって子供には合っておらず、その大きさに裾は地面に垂れて擦っている。

「よし、行こうか。ここの裏だからすぐだぜ。ほれ、おんぶしてやるよ」

 サンタはソフィーに背を向けてしゃがむと、ソフィーは少し戸惑いの表情を浮かべたものの、嬉しそうにその背中にしがみ付いた。立ち上がりソフィーを背負ったサンタは、教会を出て裏庭へと歩いていった。

「ほら、あれが俺のトナカイだ」

 裏庭へやってくると、ソフィーはサンタの顔の横から好奇心旺盛な瞳を輝かせて前方を見る。
 そこには、絵本で見るような立派な角を持った、サンタクロースのトナカイが静かに佇んでいた。サンタはソフィーを地面に下ろすと、ソフィーは恐る恐るルドルフに近付いていく。

「そんなに恐がらなくても大丈夫だぞ? そいつは女の子には優しいからな。なっ、ルドルフ」
「……ルドルフ……」

 ソフィーはサンタに振り返ると、触ってもいいかと目で訴えかける。サンタは小さく頷くと、それを確認したソフィーはルドルフにゆっくりと近付いていく。そして手を差し出し、ルドルフの頭を撫でた。触れたことのない滑らかな上質の毛皮のような手触りに、ソフィーは大層驚いているようだ。その手触りが心地よかったのか、ソフィーはとうとうルドルフを抱きしめ長く分厚い毛に顔を埋める。

「俺がサンタだって信じてもらえたか?」
「……うん」

 ソフィーはルドルフに抱きつきながら頷いた。

「それで、ソフィーが書いたあれなんだけどな……俺は神様でもなんでもないんだ。さすがにパパは無理だ、悪りぃ」
「……」

 サンタの言葉を聞いたソフィーは悲しそうに目を伏せた。その様子を見て少し心が痛んだが、サンタは続ける。

「だからな、今日俺が、一日だけパパになってやる」
「っ!?」

 ソフィーは思いもよらなかった言葉に目を見開いた。サンタは笑顔をソフィーに向けると大きく頷く。ルドルフも喉を鳴らして鳴き、頭を上下に揺さぶった。

「ソフィーが親父さんとしたかったこと、行きたかった場所、何でも言ってみるといい」
「本当?」
「ああ、その為に俺は今日ここに来たんだ」
「……」

 ソフィーはしばらく悩んだ後、思い浮かんだことを全てサンタに話した。
 一緒に食事がしたい。遊びたい。ドライブに行きたい。
 特別なことは何もなかった。ただ、父という存在と一緒にいたかった、それだけなのだ。

「ソフィーは親父さんが好きか?」
「……うん」
「そうか」
「サンタさんは?」
「俺か? う〜ん、あんな親ならいつでもソフィーにあげたいくらいだ」

 サンタは両親を思い出し、頭を押さえて首を振る。そんなサンタをソフィーは首を傾げて見つめている。暗く冷たい印象しか受けなかったブルーグレーの瞳は、今は光を映し明るく輝いていた。

「親父は、俺が18の時にお袋と家を出てった。その年の春、じいさんが死んじまってさ。サンタクロースを継ぐの継がないの話が持ち上がったんだ。もちろん俺は親父が継ぐもんだと思ってたからな、色々安心してたんだが……。親父の奴“サンタクロースは面倒くさいからお前に任せる”とか言って、2人して出てっちまったんだよ」
「そうなの」
「まあ今はどこで何してるのか――って、ああ、そう言えば先月手紙が来てたな。たしか今はオーストラリアでカンガルーと遊んでるっつって、ご丁寧に写真まで付けてきやがったよ」

 サンタは呆れ顔でソフィーに話した。ソフィーはそれを笑って聞いている。ようやく年相応の女の子らしさが出てきたと、サンタは少し安心した。
 するとソフィーは突然悲しげな表情をしてサンタに問いかけた。

「おじいちゃん、死んだの?」
「ん? ああ。寿命がきたって、笑って死んでいったよ。……きっとソフィーたちが想像してるサンタクロースってえのは、じいさんみたいなサンタを言うんだろうな。前にサンタクロースの絵が描かれたポスター見たことあるけど、じいさんそっくりだったしな」
「会ってみたかった」
「まあ寿命だから仕方がないさ。歴代のサンタの中でも、じいさんは取り分けクソ真面目なサンタだと思う。来た手紙全てに返事書いてたからな。サンタクロースとしては見習わなきゃならないんだろうけど、俺には無理だな。……さて、時間もなくなるし、そろそろ飯でも食うか!」


 そうしてサンタの『一日だけソフィーのお父さん計画』が始まった。
 朝食をシスターと3人で食べ終わった2人は、シスターも交えて外で雪合戦をした。途中ルドルフも乱入し、ルドルフのおかげでサンタは雪だるまの中に埋められる羽目になった。ソフィーは今までにないくらいの笑顔で遊びを楽しんでいた。
 それから次はドライブだ。しかしサンタは車の免許を持っていないため、車でのドライブは出来ない。その代わりに、サンタはソフィーをソリに乗せることを思いつく。ソフィーも初めて乗るトナカイが引くソリに乗り、空中遊泳を楽しんだ。
 夢のようなひと時に、ソフィーは時間も忘れてはしゃいだ。こんなソフィーを見たのは初めてだと、シスターも驚き、そしてサンタに感謝している。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、別れの時間が迫ることにソフィーは焦りと切なさを募らせる。最初は笑顔だったその表情は、時間が無くなると共に悲しげに変化していった。

 そうして過ぎた1日。もう辺りはすっかり暗く、ドンレミ村のあちこちに明りが灯る。
 サンタは孤児院の裏庭に今朝と同様、ルドルフを下ろすとソリから降り、ソフィーに手を差し伸べた。しかしソフィーは俯いたままサンタの手を取ろうとしない。

「どうした?」

 サンタが声を掛けるもののソフィーは何も反応を示さない。それからややあって、ソフィーはサンタの手を取って立ち上がりソリを下りる。

「さあ、帰ろうか」

 サンタがその小さな手を握り、ソフィーをシスターの待つ孤児院に送り届けようと足を踏み出した時、ソフィーはその場に踏みとどまった。サンタは振り返りソフィーを見下ろす。するとソフィーは顔を上げた。その瞳は涙で溢れ、目じりから零れ落ちて頬を伝う。街灯の明りが射し、キラキラと輝く濡れた瞳がサンタを見つめる。そして言葉を口にした。
「……行かないで……」

 小さな声だった。掠れてよく聞き取れない程に。でも、それが少女の、精一杯の最後の願いだった。アリが鳴くようなその声を、サンタはしっかりと耳で、そして心で聴いた。出来ればもう少し傍に居てやりたい。サンタはそう思った。しかしけじめは付けなくてはならない。

 サンタはその場でしゃがみ込み、ソフィーと視線を交わす。二つの冬の空のような灰色の瞳は、真っ直ぐサンタを見つめ返す。サンタは何も語らない。ただ、目の前の少女を見つめるだけ。そして、その小さな体を抱き寄せた。強く、でも優しく包み込む。
 声を上げて泣くのを我慢していたのだろう。サンタの粗野で乱暴そうな容姿に違わず不器用で、でも温かい抱擁に包まれ優しさに触れたソフィーは、まるでダムが決壊したように号泣した。瞳から零れ落ちた大粒の涙が雪に落ちて溶ける。まるで少女の悲しみを雪が受け止めるかのように。
 するとサンタの後ろで扉が開く音が聞こえた。ソフィーの泣き声を聞き付け、シスターが外へ出てきたのだ。2人の姿を見たシスターは、胸を押さえて切なげな表情を浮かべる。

 しばらくの間ずっと泣いていたソフィーだったが、朝から通しで遊んでいたからか、サンタに身体を預けたままいつの間にか眠っていた。
 サンタは優しくソフィーの頭を撫でるとそっと抱きかかえ、孤児院の入口で立って泣いているシスターの元へと歩いていく。2人は孤児院の中に入りソフィーを質素なパイプベッドに寝かしつけると、サンタは寝ているソフィーに微笑み、ベッドの横にそっと置手紙を残して孤児院を去った。
 『ソフィーの傍に居てやってくれ』そうシスターの見送りの申し出を断り、サンタはルドルフと共に灰色の空へと消えていく。

 サンタがドンレミ村を去ってから、ソフィーが目を覚ましたのは翌日の午前3時だった。シスターに声を掛けられソフィーは起き上がる。するとベッドに手紙が置かれているのに気付いた。シスターは温かい微笑みを投げ掛け、ソフィーはその手紙を手に取り封を切る。中から2つ折にされた手紙を取り出し開いたソフィーは、ドキドキしながら手紙の内容を読んだ。

 そこには一言だけこう書かれていた。


 ――ソフィーへ


 また来年のクリスマスに会おう。


 一日だけのパパより――


 ソフィーは手紙を読み終えると窓の外を眺める。まるで今日の日を祝福するように、空からは静かに、真っ白な雪が降り続いていた。